静まりの時 詩篇37・34~40〔栄光の望み〕
日付:2024年06月25日(火)
「34 主を待ち望め。主の道を守れ。
主はあなたを高く上げ
地を受け継がせてくださる。」
地を受け継ぐ。この世にあって、まことの豊かさと繁栄のなかに生きる者となる。そのような人生はどのように実現されるのか。どのような人にもたらされるのか。
それは、主を待ち望む者にもたらされる、主の道を守る者に実現するのだ、と詩篇は歌いました。そうすれば主が高く上げてくださり、地を受け継がせてくださる、と。
この世の価値観は、それとは別のことを私たちに語ります。目に見えないものではなく、目に見えるものを見よ。信仰にうつつを抜かさず、目の前にある現実の生活を第一にせよ。ときにずる賢く、戦いの場面では一歩も引かず、自分の主張を曲げることなく、人を押しのけ、常に先頭に立って、リードして行きなさい。この世を自分の思い通りにコントロールせよ。そうすれば、地を受け継ぐことができる、と。
しかし聖書は語るのです。主を待ち望め。主の道を守れ。第一にせよ、と。
「37 全き人に目を留め 直ぐな人を見よ。
平和の人には未来がある。」
全き人に目を止める。新共同訳では「無垢であろうと務め」、共同訳2018では「全き人を守り」。全き人とは、完全な人、という意味ですが、それはすべてにおいて欠けがなく、何もかもに満ちあふれ、何でもできる、という「プラス」においての完全ではありません。無垢、すなわち、まじりけがなく、汚れがない、純真においての完全。「マイナス」においての完全なのだと思います。
そのような完全を私たちは持っていません。しかし唯一全き人であるイエスさまがおられます。イエスさまに目を止める。イエスさまを見る。そこに平安が生まれ、平和が生まれます。
平和の人。戦いのない人。自らのうちに戦いのない人。また共に生きる人たちとの間に戦いのない人。おそらくそのような人はいないと思いますが、イエスさまに目を向けるときに与えられる平安は、私たちに平和の道を開きます。平安、平和をいただく者こそ、未来がある、後の繁栄があるのです。
詩篇37編
34 主を待ち望め。主の道を守れ。
主はあなたを高く上げ
地を受け継がせてくださる。
あなたは悪しき者どもが断ち切られるのを見る。
35 私は悪しき者の横暴を見た。
彼は野生の木のようにはびこっていた。
36 だが 彼は過ぎ去った。見よ 彼はもういない。
私は捜したが 見つからなかった。
37 全き人に目を留め 直ぐな人を見よ。
平和の人には未来がある。
38 しかし 背く者はことごとく滅ぼされ
悪しき者どもの未来は断ち切られる。
39 正しい人の救いは 主から来る。
苦難のときの 彼らの砦から。
40 主は彼らを助け 解き放たれる。
悪しき者どもから解き放ち 彼らを救われる。
彼らが主に身を避けているからだ。