主は王である

静まりの時 詩篇99・1~9〔この世の権威と神の主権〕
日付:2024年06月13日(木)

「主は王である。」(1)

 文語訳では「エホバは統御(すべおさめ)たまふ」。「統御する」とは、統べ御める。「御す」とは馬を調教しておとなしく手なずける。思うとおりにあやつる。聖書の神さまは、私たちを統べ治めるお方である、と告白します。
 主はきょうも私たちの王として、力強く導き支えて下さいます。

「われらの神 主よ
 あなたは 彼らに答えられた。
 あなたは 彼らには赦しの神
 彼らの悪しきわざには報復される方。」(8)

 赦し、そしてさばき。主はその力をお持ちです。主を私の王としてお迎えして、その導きと支えのなかに生きるためには、主こそ、赦し主であり、またさばき主であることを信じなければなりません。それは赦しとさばきを、自分手から離し、主にお委ねすることでもあります。私が赦さなければならない、私がさばかなければならない、ということから自由になることです。自由にされると、またかえって正しく赦し、ただしくさばくことが可能となります。赦さなければならない、さばかなければならないと、自らを縛っているときは、正しく赦すことも、正しくさばくこともできないのです。しかしそれらを主にお委ねするならば、ただしく赦し、またさばくことができるのです。

1 主は王である。
 国々の民は恐れおののけ。
 ケルビムの上に座しておられる方に。
 地よ 震えよ。
2 主はシオンにおられる 大いなる方。
 主は すべての国々の民の上に高くいます。
3 大いなる 恐れ多い御名をほめたたえよ。
 主は聖なる方。
4 王は力をもって さばきを愛する。
 あなたは 公正を堅く立て
 さばきと正義を
 ヤコブの中で行われた。
5 われらの神 主をあがめよ。
 その足台のもとにひれ伏せ。
 主は聖なる方。
6 モーセとアロンは主の祭司たちの中に
 サムエルは御名を呼ぶ者たちの中にいた。
 彼らは主を呼び 主は彼らに答えられた。
7 主は雲の柱から 彼らに語られた。
 彼らは主のさとしと 主が賜ったおきてを守った。
8 われらの神 主よ
 あなたは 彼らに答えられた。
 あなたは 彼らには赦しの神
 彼らの悪しきわざには報復される方。
9 われらの神 主をあがめよ。
 その聖なる山に向かって ひれ伏せ。
 まことに われらの神 主は聖なる方。


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