静まりの時 詩篇130・1~8〔栄光の望み〕
日付:2024年06月26日(水)
「1 主よ 深い淵から私はあなたを呼び求めます。
2 主よ 私の声を聞いてください。
私の願いの声に耳を傾けてください。」
いま詩人は「深い淵」、「深い淵の底」(新共同訳、共同訳2018)にいます。そこから、私の祈りに、私の願いの声に耳を傾けてほしい、と祈っています。
人生の荒波にもまれて、いま深い淵にいる。そのどん底から祈っている。祈ること以外何もできない。そんな状況の中に置かれて、神さまに目を向け祈っています。
「深い淵」が、自分の意志とは関係なしに放り込まれたどん底、暗闇であるならば、この祈りの焦点は、そこから引き上げてほしい、との願いとなると思います。しかしそのような言葉が見当たりません。
深い淵は、仕方なしに放り込まれたところ、というよりも、むしろ、祈りに集中するためのかけがえのない場所。深い淵だからこそ、何にも邪魔をされずに、ひたすら主に心を向けることができる。主に祈ることができる静まりの場所なのかもしれません。
もちろん最初は、仕方なしに放り込まれたところとしか思えなかったのかもしれません。しかし次第に、そこが神さまと向き合うためのかけがえのない場所となっていったのかもしれない。
詩人は、そこから引き上げてほしいとは祈らず、むしろ、神さまはゆるしの神であることを告白します。そして自らは「主を待ち望む」と祈ります。神さまが赦しの神であることを告白する場所。そして自らは、主を待ち望む、「主を望む」「主に望みを置く」との告白に導かれる場所。決意の場所。それが「深い淵」であったと詩人は告白する。
「3 主よ あなたが もし不義に目を留められるなら
主よ だれが御前に立てるでしょう。
4 しかし あなたが赦してくださるゆえに
あなたは人に恐れられます。」
神さまへの恐れ(畏れ)はどのようにして生み出され、どのようにして育まれるのか。神は、罪をゆるがせにしない、罪には厳罰をお与えになる、そうして神への恐れを植え付けようとすることもあるかもしれません。しかし聖書は、そうして生まれるのは、恐怖でしかなく、愛は生まれない。愛に基づく「畏れ」が生まれることはない、と語るのだと思います。
神さまは、赦しの神であるからこそ、人に畏れられるのです。
神さまの赦しは、神さまがさばき主であることが確かにされるところでのみ成り立ちます。裁くことのできる力をお持ちだからこそ、そのお方が語られる赦しが有効なのです。
神さまは十字架と復活において、ご自身がさばき主であるとともに、赦し主であることを明らかにしてくださいました。
私たちは主の十字架を見上げ、そこで主への健やかな畏れをいただきます。
「5 私は主を待ち望みます。
私のたましいは待ち望みます。
主のみことばを私は待ちます。
主を待ち望むことは、すなわち、主のみことばを待ち望むことです。神さまを待ち望むこととは、その神さまが語られるおことばを待ち望むことなのです。「ことば」が私たちを神さまと結びつけます。
「6 私のたましいは 夜回りが夜明けを
まことに 夜回りが夜明けを待つのにまさって
主を待ちます。」
夜回り、という仕事がどういうものであったのか十分に理解できているわけではありませんが、おそらく夜明けを待ち望む仕事だったのでしょう。問題なく夜を過ごし、やがて朝を迎えると、任が解かれる。その解放の時を待ち望む。その喜び以上に、主を待ち望む、と詩人は告白します。信仰者は、待ち望みの専門家、待ち望みこそ、信仰者の姿なのかもしれません。
「7 イスラエルよ 主を待て。
主には恵みがあり
豊かな贖いがある。
8 主は すべての不義から
イスラエルを贖い出される。」
「すべての不義から イスラエルを贖い出される」。新共同訳では「主は、イスラエルを すべての罪から贖ってくださる」、共同訳2018では「この方こそ、イスラエルを すべての過ちから贖ってくださる」。
「不義」「罪」「過ち」に生きてしまう者を、贖い出してくださる。主はそのようにしてくださる。待ち望みの焦点は、そこにあります。
聖書はさまざまな祝福を私たちに語りますが、その焦点は、罪の赦し、贖いである。あるいは罪の贖いこそ、人間にとってなくてはならない救いである、と語るのだと思います。
詩篇130編
1 主よ 深い淵から私はあなたを呼び求めます。
2 主よ 私の声を聞いてください。
私の願いの声に耳を傾けてください。
3 主よ あなたが もし不義に目を留められるなら
主よ だれが御前に立てるでしょう。
4 しかし あなたが赦してくださるゆえに
あなたは人に恐れられます。
5 私は主を待ち望みます。
私のたましいは待ち望みます。
主のみことばを私は待ちます。
6 私のたましいは 夜回りが夜明けを
まことに 夜回りが夜明けを待つのにまさって
主を待ちます。
7 イスラエルよ 主を待て。
主には恵みがあり
豊かな贖いがある。
8 主は すべての不義から
イスラエルを贖い出される。