静まりの時 詩篇103・19~104・4〔この世の権威と神の主権〕
日付:2024年06月12日(水)
「主は 天にご自分の王座を堅く立て その王国は すべてを統べ治める。」(19)
「その王国」は、共同訳2018では「その王権」と訳されていますので、特定の国家をさしているのではなく、神さまのご支配そのものを現しているのだと思います。神さまは、ご自分の想像された天、その最も高いところに座して、すべてを統べ治めておられる、統治される、と歌います。その言葉の通りに、創造物を数え上げながら、主をほめたたえよ、と続きます。
「主をほめたたえよ
主の御使いたちよ。
みことばの声に聞き従い みことばを行う 力ある勇士たちよ。
主をほめたたえよ
主のすべての軍勢よ。
主のみこころを行い 主に仕える者たちよ。
主をほめたたえよ
すべて造られたものたちよ。
主が治められるすべてのところで。」(20-22)
そして、主をほめたたえるべき被造物の冠のように、自らに向かって語りかけます。
「わがたましいよ 主をほめたたえよ。」(22)
これを受けるように104編が続きます。
「わがたましいよ 主をほめたたえよ。
わが神 主よ
あなたはまことに大いなる方。
あなたは威厳と威光を身にまとっておられます。
あなたは光を衣のようにまとい 天を幕のように張られます。
水の中にご自分の高殿の梁を置き 密雲をご自分の車とし
風の翼に乗って進み行かれます。
風をご自分の使いとし 燃える火をご自分の召使いとされます。
「光」「天」「水の中」「雲」「風」「火」。これらが神さまの被造物であること、その被造物をご自分の主権をもって神さまが治めておられる、と歌います。
災害をもたらす自然は、現代においても依然脅威であり続けています。古代であればなおさらのことでしょう。しかしその驚異の中にも神さまの御手によるご支配があるのです。これは古代社会にあって圧倒的に画期的な信仰の態度です。
「自然はすべて神の造られた地上世界の現象であって、それらに神的力は宿っていない。とすれば、自然は恐るべき崇拝の対象ではなく、むしろそこで創造主なる神の偉大な御業をこぞってほめ讃えるべき、命あるものの共生の舞台なのである。」(芳賀力、『神学の小径』、キリスト新聞社、2015年、31頁)
先日、ふと空を見ると太陽に暈(かさ)がかかっていました。
103編
19 主は 天にご自分の王座を堅く立て
その王国は すべてを統べ治める。
20 主をほめたたえよ 主の御使いたちよ。
みことばの声に聞き従い
みことばを行う 力ある勇士たちよ。
21 主をほめたたえよ 主のすべての軍勢よ。
主のみこころを行い 主に仕える者たちよ。
22 主をほめたたえよ すべて造られたものたちよ。
主が治められるすべてのところで。
わがたましいよ 主をほめたたえよ。
104章
1 わがたましいよ 主をほめたたえよ。
わが神 主よ あなたはまことに大いなる方。
あなたは威厳と威光を身にまとっておられます。
2 あなたは光を衣のようにまとい
天を幕のように張られます。
3 水の中にご自分の高殿の梁を置き
密雲をご自分の車とし
風の翼に乗って進み行かれます。
4 風をご自分の使いとし
燃える火をご自分の召使いとされます。