静まりの時 第二テモテ1・6~14
日付:2024年05月31日(金)
「そういうわけで、私はあなたに思い起こしてほしいのです。私の按手によってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」(6,7)
「思い起こしてほしい」。忘れそうになっているものがある。すでに忘れてしまっているかのような状態である。どうか思い起こしてほしい、思い出してほしい。そうパウロはテモテに願いました。
手紙を書き送られなければならないような状態の中に落ち込んでいたテモテを、再び立ち上がらせたい。そのために、思い起こしてほしい。新しく知識を積むこと、研鑽を深めること、訓練に励むことも大切である、しかしすでに与えられているものがある。何も新しく手に入れようとする必要はない。すでに与えられているものを、もう一度思い起こせばよいのだ、あなたは私が按手した伝道者である、その按手は、私がしたものではあるが、個人的なものではなく、教会共同体の中に綿々と受け継がれてきたキリストのからだによって按手されたものである。あなたもキリストのからだの一部分なのだ。あなたには神の賜物は完全に付与されているのだ。だからもう一度、その賜物を燃え立たせてほしい。
「按手」とは、手を置く、という意味の言葉ですが、教会では、神さまへの奉仕のための聖別と任命、任職の行為、として行われてきました。私たちの団体でも、入団した教師が伝道師、補教師の期間を終えて、改めて理事面接をし、正教師になりますが、その時に按手をします。教会共同体のなかで行われることがふさわしいことですから、たいていは正教師となって最初の団体総会のときに、理事の何人かによって按手の祈りがささげられます。手を置く、ということによって、初代教会から継続されている神の賜物が付与されるのです。こうしてキリストのからだである教会が前進します。キリスト教信仰は、個人主義的な信仰ではなく、教会共同体的な信仰なのです。
英語では、ordination。命じる、というような意味ではないかと思いますが、伝道というのは、その本人がしたいからするものでもなく、その本人の力やキャラクターで行うことでもありません。二千年の教会の出先機関として行うことなのです。ちょうど、各国の大使が、任職された国で仕事を行う力が、派遣国の権威によるものであるのとよく似ています。
成された按手によって、神の賜物、が付与されます。それは代わることがありません。牧師もその途上で躓き倒れていまうこともあるでしょう。しかしこのとき付与された賜物は変わることがないのです。「思い起こしてほしい」。再び立ち上がるためには思い起こさなければならない。
何も伝道者だけではありません。洗礼式においても、手を置く、ということが最重要なこととして行われています。そこで付与された神の賜物は変わることがないのです。
「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」
臆病ではない霊、とは、力の霊である、というのはよくわかりますが、愛と慎みの霊でもあるというのは新鮮です。愛と慎みがないのは、臆病なことなのだ。愛と慎みを欠いてしまうのは、臆病だからである、それは力のないことと同じである、と。力があるならば、愛があるはずであり、慎みも備えているはずなのです。
慎みと訳されている言葉は、辞書によると他に、分別、矯正、自制、真面目、貞淑、あるいは理性がある、正気に返らせる、といった意味を持っている言葉だそうです。感情的でない、扇情的でないという意味でしょうか。愛というのも、慎みがあってこそ、本当の愛になる、ということかもしれません。愛と慎みがあってこそ、霊の力があるのです。
6 そういうわけで、私はあなたに思い起こしてほしいのです。私の按手によってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。
7 神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。
8 ですからあなたは、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。
9 神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自分の計画と恵みによるものでした。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられ、
10 今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされました。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不滅を明らかに示されたのです。
11 この福音のために、私は宣教者、使徒、また教師として任命されました。
12 そのために、私はこのような苦しみにあっています。しかし、それを恥とは思っていません。なぜなら、私は自分が信じてきた方をよく知っており、また、その方は私がお任せしたものを、かの日まで守ることがおできになると確信しているからです。
13 あなたは、キリスト・イエスにある信仰と愛のうちに、私から聞いた健全なことばを手本にしなさい。
14 自分に委ねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって守りなさい。