静まりの時
- テーマ:キリストの主権
- 聖書箇所:ヨハネの黙示録7・9~17
- 日付:2026年04月30日(木)
13 すると、長老の一人が私に話しかけて、「この白い衣を身にまとった人たちはだれですか。どこから来たのですか」と言った。
14 そこで私が「私の主よ、あなたこそご存じです」と言うと、長老は私に言った。「この人たちは大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くしたのです。
「すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢」の「白い衣を身にまとった人たち」が神さまを礼拝しています。
「白い衣をまとった人たち」とは「大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くした」人たちでした。
イエスさまを信じて救われた人たち。子羊の血、すなわち十字架によってすべての罪を赦していただいた人たち。その人たちは、白い衣をまとって主を礼拝しています。
礼拝に着ていく服は、救い、です。罪びとの私は、同時に主に救われた者である。それが礼拝に着ていく服、礼拝に集うためのひたすらな心です。他には何もいりません。
「大きな患難を経てきた者」。迫害の中にある兄弟姉妹への限りない励ましが語られています。迫害という患難だけではありません。おおよそ人生には患難がつきものです。最大の患難は死です。すべて私たちはこの患難を経ることになります。
主にある私たちはすべて、白い衣をまとい主を礼拝します。
「数えきれないほどの大勢」。同じ章の4節以降には、14万4千人の印を押された者、すなわち救いにあずかった者の数が記されています。この数字は、1,000人(完全数の千)×12(完全数の12)×12部族ですから、文字通りの数というのではなく「数えきれないほどの大勢」を現しているのは明らかです。
救いはすべての人に開かれています。様々な違いを持ったお互いがともに主の前に礼拝をささげます。国、部族、民族、言語の違い。さらには、男女、性自認、年齢、思想、なども乗り越えて、白い衣をまとった者、すなわち主の救いにあずかった者として、ともに主の前に礼拝をささげます。