静まりの時
- テーマ:耐え忍ぶ
- 聖書箇所:黙示録2・1~7
- 日付:2026年03月21日(土)
3 あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れ果てなかった。
4 けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
5 だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。
主の名のために忍耐し、それで疲れ果てることがなかった。よく忍耐した。しかし責めるべきことがある。初めの愛から離れてしまった。
主の名によって立派に忍耐に生きても、初めの愛から離れてしまう。忍耐はあるけれども愛がない。愛のない忍耐。そういうことが人間には起こってしまう。あるいは可能なのです。
それは「落ちた」ことであり、「悔い改め」が必要なことであると聖書は語ります。
悔い改めるとは方向変換ということですが、ここでは「初めの愛に」帰る、ということです。
初めの愛から離れてしまう。初めの愛にとどまることができない。行き過ぎてしまう。遠く離れてしまう。人間の罪は、何かに足りないということではなく、自分勝手に遠くに出かけてしまうところに現れる。
初めの愛に帰る。信仰生活はそれに尽きるのかもしれません。礼拝において、自分がどのようなところから救われたのか。どんなに神さまに愛されているのか。その神さまの愛に「帰る」。放蕩息子が父のもとに帰還したように。