静まりの時
- テーマ:キリストの主権
- 聖書箇所:マラキ2・1~9
- 日付:2026年05月01日(金)
5 わたしの、彼との契約は、いのちと平安であった。
わたしはそれらを彼に与えた。
それは恐れであったので、
彼はわたしを恐れ、
わたしの名の前に、おののいた。
6 彼の口には真理のみおしえがあり、
彼の唇には不正がなかった。
平和と公平さのうちに、彼はわたしとともに歩み、
多くの者を不義から立ち返らせた。
共同訳2018では以下の通りです。
5 レビと結んだわが契約は命と平和であり
私はそれらを彼に与えた。
それは畏れをもたらす契約であり
彼は私を畏れ、わが名のゆえにおののいた。
6 真実の律法が彼の口にあり
その唇に不正は見いだされなかった。
彼は平和と正しさのうちに、私と共に歩み
多くの人々を過ちから立ち帰らせた。
おそれ、という言葉を新改訳では「恐れ」と表記していますが、共同訳2018では「畏れ」と表記されていて、神さまを敬う心、愛を予感させます。
この「彼」は4節から「レビ」と特定できますが、意味としては、イエスさまを指し示しているように考えてよいと思います。
神のことばであるイエスさまは、私たちに正しい神への畏れを育んでくださいます。そうしていのちと平和、平安の道が私たちのうちに、そして私たちが生かされている世界に生み出されます。
神への恐れ、いのち、平和、平安はセットです。神への恐れのない平安も、いのちや平和が失われていまうような神への恐れは、聖書の語るところではありません。
神さまへの健やかな畏れを育む信仰生活こそ、まことのいのち、平和、平安を私たちの人生にもたらすのです。