あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名

静まりの時

  • テーマ:キリストに生きる
  • 聖書箇所:使徒4・5~12
  • 日付:2026年04月24日(金)

10 皆さんも、またイスラエルのすべての民も、知っていただきたい。この人が治ってあなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名によることです。
11 『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石、それが要の石となった』というのは、この方のことです。
12 この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」

美しの門で日々施しを求めて生きていたひとりの生まれつき足の不自由な人。その人が、午後三時の祈りのためにその場所を訪れたペテロとヨハネと出会いました。その出会いによってこの人はいやされました。この出来事から民とペテロたちとの対話が始まりました。それが、祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人たちに苛立ちを起こしました。さらに民の指導者たち、長老たち、律法学者たち、そして大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレクサンドロといった大祭司一族が集まってくるという事態を生み出しました。二人はその大勢の宗教指導者たち、権力者たちのまえに立たされました。そして尋問されたのです。「おまえたちは何の権威によって、また、だれの名によってあのようなことをしたのか」。

それに対してペテロは聖霊に満たされて話し始めました。イエスさまのことを話し始めたのです。

いやしの出来事は、十字架と復活の主イエスさまの名によるものである、この方以外には、だれによっても救いはない、天の下ではこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は、人間には与えられていないのだ、と語りました。

「あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名」。

十字架だけでもなく、復活だけでもない。十字架と復活の主の名が救いの鍵であると語ります。また十字架には、あなたがたがつけたのだ、と語り、復活は、死んだイエスさま自らがその力によって復活したのではなく、神がなさったことである、と語ります。

この十字架と復活の主イエスさまの御名が、人びとを立たせ、新しくし、幸いの道を歩ませるのだ、と語るのです。

イエスさまを信じるとは、この十字架と復活を信じることです。十字架を信じるとは、私がイエスさまを十字架につけたということを信じることです。また復活を信じるとは、この十字架につけたキリストを神が復活させられたと信じることです。

それは、私の罪をすべてイエスさまは担ってくださったということを信じることであり、そのイエスさまは死んだままではなく、神が復活させられたことを信じることです。神が復活させられたということを信じることは、イエスさまは、十字架を経験したうえで今私とともに生きていてくださる、歩んでいてくださると信じることです。

この信仰が私を「救う」のです。


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