死者の復活のことを聞くと

静まりの時

  • テーマ:復活の福音
  • 聖書箇所:使徒17・22~34
  • 日付:2026年04月10日(金)

32 死者の復活のことを聞くと、ある人たちはあざ笑ったが、ほかの人たちは「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言った。
33 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。
34 ある人々は彼につき従い、信仰に入った。その中には、アレオパゴスの裁判官ディオヌシオ、ダマリスという名の女の人、そのほかの人たちもいた。

パウロはその説教の中で「死者の復活」を語りました。キリスト教の宣教においては「十字架と復活が、必ず語られなければなりません。しかしそれを聞いた人びとの中にいろいろな反応が起こります。このとき、ある人たちは「あざ笑」いました。またほかの人たちは、「そのことについては、もう一度聞くことにしよう」と言いました。もう一度、日をあらためて聞こう、しっかりと聞きたいから、ということでもないようです。他の訳では「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」(共同訳2018)となっていて、どちらかと言うと、そんな非現実的なお話には付き合ってはいられない、という感じもします。

そうして人びとはパウロの前から去って行ったのか、というと聖書は「パウロは彼らの中から出て行った」と記します。パウロの方が去って行ったのです。まるで福音そのものが去って行ったようです。

福音を受け入れない、ということは、福音自体が去って行くことなのだと思います。一見自分が自律的に去って行くようなのですが・・・。

さてそんなパウロの伝道活動でしたが、まったく実がなかったわけではありません。ある人たちはパウロにつき従った、といいます。イエスさまを信じるということは、つき従うものになる、ということです。

全員ではありませんがつき従った人物の名前が記されています。ひとりはアレオパゴスの裁判官ディオヌシオ。驚くべきことに町の裁判官が信仰を持ちました。また、ダマリスという名の女の人。女性の名前が明確に記されているということは、この「使徒の働き」が書かれたとき、この女性の名前が記される必要性が教会にあったのかもしれません。さらには「そのほかの人たち」もイエスさまを信じました。

古い注解書などには、このアレオパゴスでのパウロの宣教活動をやや否定的に解説するものもあるようですが、百匹を野原において失った一匹の羊を捜し求める神さまから見れば、大成功だったのではないかと思います。ひとりの人の救いは、天国において大きな喜びが沸き起こるのですから。


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