静まりの時
- テーマ:いのちの約束
- 聖書箇所:申命記10・12~22
- 日付:2026年03月27日(金)
12 イスラエルよ。今、あなたの神、主が、あなたに求めておられることは何か。それは、ただあなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、いのちを尽くしてあなたの神、主に仕え、
13 あなたの幸せのために私が今日あなたに命じる、主の命令と掟を守ることである。
神さまが私たち人間にお求めになっておられることは、
「ただあなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、いのちを尽くしてあなたの神、主に仕え」ること。そして「あなたの幸せのために私が今日あなたに命じる、主の命令と掟を守ること」。
これを共同訳2018では次のように訳されています。
12 イスラエルよ、今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。あなたの神、主を畏れ、主の道をいつも歩み、主を愛し、あなたの神、主に、心を尽くし、魂を尽くして仕え、
13 私が今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸せになることではないか。
印象としてですが、新改訳聖書では、神さまが求めておられることは「仕えること」と「守ること」ですが、共同訳2018では、神さまが求めておられることは「あなたが幸せになること」と読めます。
もしかしたら新改訳の方が原文に忠実なのかもしれません。しかし聖書全体に記されている神さまは、御子を十字架につけるほどの愛をお持ちのお方ですから、ただご自分の言いつけを守ることをお望みというよりも、ひたすら私たちが幸せになることをお望みなのは明らかです。
聖書は原文に忠実に読むことによって、正しく読むことができる、というのではなく、神さまからの愛、そして神さまへの愛をもって読むことによって、本当に正しく読む、ということが可能となるのだと思います。タラントの譬えのように、神さまに対して「ご主人様。あなた様は蒔かなかったところから刈り取り、散らさなかったところからかき集める、厳しい方だと分かっていました。それで私は怖くなり、出て行って、あなた様の一タラントを地の中に隠しておきました。ご覧ください、これがあなた様の物です」(マタイ25・24,25)などというような信仰生活を送っていてはいけないと思います。