静まりの時
- テーマ:耐え忍ぶ
- 聖書箇所:マタイ24・3~14
- 日付:2026年03月16日(月)
11 また、偽預言者が大勢現れて、多くの人を惑わします。
12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えます。
13 しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。
耐え忍ぶ。いったい何に耐え忍ぶのか。ここには、偽預言者による惑わし、不法によって多くの人の愛が冷えること。そのような中にあって耐え忍ぶ。
それは偽預言者に惑わされない。すなわち真理の道を歩むということ。また愛が冷えている中にあっても、あたたかい愛に生きること。そのために不法を行わない。秩序を大切にする。そういう道に歩む。そのために忍耐する。忍耐が切れると、偽預言者の惑わしに乗ってしまう。秩序を乱し、愛が冷えてしまう。忍耐が試されるところです。
「不法」と訳されている言葉は、律法とも訳される言葉に、否定の接頭語がついたことばです。つまり現代的な意味の法律違反とか、一般的な慣例に逆らうことというのではなく、ユダヤの人にとっては律法違反のことのように思えます。キリスト教信仰は、行いによるのではなく信仰によるのだ、というのですが、それは律法を無視したり、律法に違反することを許容することではありません。律法は私たちが愛に生きるために神さまが与えてくださったものです。それを意味のないこととしてしまうならば、愛が冷えるのは当然のことです。
もちろん律法を守ることによって救われるのではありません。ただイエスさまを信じ、信頼して生きていくことが救いの道であり、またそのような生き方が救いそのものです。それは律法をあらためて全うする、あるいは成就する道に生きることです。
このことを合わせて考えてみると、ここに記されている偽預言者とは、律法を無視したり意味のないこととしてしまうことを教える預言者たち、ということになるかもしれません。