静まりの時
- テーマ:十字架をとって
- 聖書箇所:第一ペテロ2・18~25
- 日付:2026年03月11日(水)
19 もしだれかが不当な苦しみを受けながら、神の御前における良心のゆえに悲しみに耐えるなら、それは神に喜ばれることです。
20 罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、それは神の御前に喜ばれることです。
「不当な苦しみ」「善を行なって苦しみを受け」。言い訳がしたくなります。しかしそれに耐える、耐え忍ぶ。その忍耐は、神に喜ばれること。神の御前に喜ばれることである。聖書はそう語ります。
人間業では不可能なのだと思います。人間業だと、押し黙って卑屈になるか、無気力になるかのどちらかになるのではないか。十字架を忍ばれた主にならうことしかないのだと思います。