静まりの時
- テーマ:悔改め
- 聖書箇所:マタイ6・16~18
- 日付:2026年02月28日(土)
16 あなたがたが断食をするときには、偽善者たちのように暗い顔をしてはいけません。彼らは断食をしていることが人に見えるように、顔をやつれさせるのです。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。
17 断食するときは頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
18 それは、断食していることが、人にではなく、隠れたところにおられるあなたの父に見えるようにするためです。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が報いてくださいます。
マタイの福音書5章から始まった「山上の説教」のなか、この6章では、1節で善行の行い方について語り始められ、その具体的な内容として、施し(2~4)、祈り(5~15)、そして断食(16~18)と続きます。
施し、祈り、断食といった信仰における善行を行う場合、人前ではなく神さまの前に行いなさい、神さまの前に行うとはこういうことである、と語られているのだと思います。
今朝の個所、断食においては、「頭に油を塗り、顔を洗いなさい」と語られています。これは、神さまの前なのだから、髪の毛をちゃんとセットして、スキンケアも怠りなく、ということではありません。人から見てまるで断食していないかのような姿勢でいなさい、ということです。つまり人からの称賛や何らかの評価を受ける可能性をなくしなさい、ということだと思います。
施し、祈り、断食。それらは人からの評価に左右される可能性の高いものなのかもしれません。もし人からの評価が最優先されるとすれば、自由はなくなりしばられてしまいます。
神さまからのみの報いに生きるということが、私たちに自由をもたらすのです。