あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい

静まりの時

  • テーマ:目をさまして
  • 聖書箇所:コロサイ4・2~6
  • 日付:2026年02月17日(火)

2 たゆみなく祈りなさい。感謝をもって祈りつつ、目を覚ましていなさい。
3 同時に、私たちのためにも祈ってください。神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように祈ってください。この奥義のために、私は牢につながれています。
4 また、私がこの奥義を、語るべき語り方で明らかに示すことができるように、祈ってください。
5 外部の人たちに対しては、機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。
6 あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かります。

たゆみなく祈る。たゆみ(弛み)がない(無い)。油断しない。途絶えない。そのように祈る。
感謝をもって祈る。同じ祈るにしてもそこに感謝がある。何を祈るにしても感謝を祈る。
そのように祈ることは、目をさましていることである。見えなくなってしまう、見えなくさせてしまう祈りは、聖書の語る祈りではない。聖書の語る祈りは目をさますことである。

そのような祈りの生活は、他者のためにも祈ることを生みだす。また、みことばのために門が開かれ、キリストの奥義を語れるようにとの祈りを生み出す。

キリストの奥義を、語るべき語り方で明らかに示すことができるように。キリストの奥義には、語るべき語り方、というものがある。同じ言葉を語っていても、語り方を間違えているならば、その言葉は届かない。

福音を語るのに語るべき語り方で語れるようにと祈ることは、機会を十分に生かし、知恵をもって行動する者へと導かれる。そこで語ることばは、いつも親切で、塩味の効いたものであるように、との祈りを生み出す。そのような祈りの中でこそ、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かってくる。

福音に対しての問われたとき、答え方が分からない、のは、知恵や知識がないからではない。親切で、塩味の効いたものであるように、との祈りが欠けているからである。別の言い方をするならば、愛が欠けているから、答え方が分からない、あるいは的の外れた答えをしてしまうのである。


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