カテゴリー: 静まり~聖書の言葉から

聖書の言葉から

  • 主よ、私たちはだれのところに行けるでしょうか

    静まりの時

    • テーマ:いのちのみことば
    • 聖書箇所:ヨハネ6・52~69
    • 日付:2025年09月30日(火)

    68 すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ、私たちはだれのところに行けるでしょうか。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。
    69 私たちは、あなたが神の聖者であると信じ、また知っています。」

    私たちはだれのところへ行けるでしょうか。ほかに行けるところがあるでしょうか。私たちにはあなた以外に行くところなどどこにもないのです。
    主は私たちにとって、唯一無二、のところである。ペテロはそう告白しました。
    イエスさまこそ、永遠のいのちのことばをお持ちになっておられる。イエスさまこそ、神の聖者である、まことの聖さをお持ちのお方であり、その聖さに私たちもあずからせてくださるおかたである。
    私たちもこのように告白したいと思います。
    しかしこのペテロの言葉に答えてイエスさまは次のように語られました。

    70 イエスは彼らに答えられた。「わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。しかし、あなたがたのうちの一人は悪魔です。」
    71 イエスはイスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのであった。このユダは十二人の一人であったが、イエスを裏切ろうとしていた。

    イエスさまこそ神の聖者である、私たちが行くところなど他にはない。そう告白する12人のなかに裏切るイスカリオテのユダが含まれています。イエスさまはユダが裏切ることを知っておられます。

    人間の信仰の告白には、不完全さが含まれています。完全、完璧な信仰の告白は、残念ながら人間が罪びとである限り存在しないのです。しかしその不完全な人間の告白を主が受け止めておられる。私たちはその主の愛の中に自らを置くことで、生きてゆくことができるのだと思います。