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  • 「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」。 マルコによる福音書4章40節

    〔舟の上で〕
    2015年2月4日(水)

    イエスは実に弟子たちの真っ只中で生き生きとしておられます。但しちょうど、「イエスは艫の方で枕して眠っておられた」(同38節)
    ・・・
    イエスご自身がおられるから安全な人たちなのですがーところがどうでしょう、今や問題なのは、弟子たちの信仰と、何よりもその船員としての腕を示す勇敢な行為が問題なのです。
    ・・・
    弟子たちはどうみてもその状況を克服しないでしょう。「イエス」が舟におられなかったら、これは間違いなく沈没するに違いなく、沈没するでしょう。しかしイエスが舟に「おられる」、それゆえにーただそれゆえにのみ!ー舟が沈没することはありえないし、沈没しないのです。イエスと一緒に弟子たちも護られているに違いなく、護られるでしょう。

    カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
    小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、87f。

    イエスさまがともにいてくださること。それが私たちの「護られること」の根拠です。
    私たちが、自分の経験や努力、そういった私たちのなにかによって、突然起こった嵐に立ち向かうとしたら、そこには、不安と恐れがあるのみです。
    イエスさまがともにいてくださることを確かにしましょう。

    (祈り)
    神さま、あなたがともにいてくださることを感謝します。どのような嵐のなかにもあなたはともにいてくださいます。