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  • 支配人でも雇人でもない

    しかし、私たちは、次のような二種類の人間ではない。すなわち〔第一に〕私たちは、事業の支配人ではない。かつて私は、自分が支配人だと考えて自分で選んだ重荷のために苦しんでいた時に、次のような決定的な言葉を聞かねばならなかった。「お前は支配人ではない。お前は同労者なのだ。静かに自分の本分を務めなさい。自分に与えられたささやかな部署にいて、仕事に対する心づかいをすべて、支配人にまかせなさい。」―しかし私たちは、今一つのもの、すなわち雇人でもない。放蕩息子が帰宅して「雇人のひとり同様にしてください」と言ったときに、父は彼を、子また相続人として扱ったのである〔ルカ15章〕

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、204頁
    第1コリント3章9節
    2012年06月13日(水)

    私たちは神さまの同労者であるとパウロは語りました。同労者は、支配人でも雇人(雇われた使用人)でもありません。

    私たちが支配人であるという思いにとらわれる時、目の前にある強大な重荷に圧倒され生きる力を見失ってしまいます。これだけは避けなければなりません。静かに自分の本分をわきまえて務めるものでなければなりません。

    逆に雇われた使用人でもないといいます。つまり与えられた務めによる喜び、恩恵を自分の喜びや恩恵とすることができるのです。

    神さまの同労者であることを確かにしたいと思います。