牧師の日常と雑感
静まりの時
19 アモンは二十二歳で王となり、エルサレムで二年間、王であった。彼の母の名はメシュレメテといい、ヨテバ出身のハルツの娘であった。
20 彼はその父マナセが行ったように、主の目に悪であることを行った。
21 彼は父の歩んだすべての道に歩み、父が仕えた偶像に仕え、それらを拝み、
22 彼の父祖の神、主を捨てて、主の道に歩もうとはしなかった。
23 アモンの家来たちは彼に謀反を起こし、その宮殿の中で王を殺した。
24 しかし、民衆はアモン王に謀反を起こした者をみな打ち殺した。民衆はアモンの子ヨシヤを代わりに王とした。
25 アモンが行ったその他の事柄、それは『ユダの王の歴代誌』に確かに記されている。
26 人々は彼をウザの園にある彼の墓に葬った。彼の子ヨシヤが代わって王となった。
後に宗教の改革を行うことになるヨシヤ王の父も祖父もそろって「主の目に悪であること」を行う王でした。父のアモン王は、その父マナセ、ヨシヤにとっては祖父が行ったように「主の目に悪であること」を行ったのです。いわば父に忠実に歩んだのですが、それは「父祖の神、主を捨てて、主の道」に歩もうとしなったことでした。父に従うか、それとも父祖に従うか。父の道と、父祖の道が違った場合にどちらに従うのか。
ヨシヤは8歳で王となりました。即位して18年後、ヨシヤは宗教の改革に着手しました(22・3)。父や祖父に従う道ではなく、父祖の道に歩もうとしたのです。そこには何があったのか。
ヨシヤの父アモンを殺した家来たちは、民衆に殺されます。その民衆によってヨシヤは王に即位しました。クーデターを起こした人たちではなく、クーデターを起こした人たちを殺した人たちによって王とされたのです。いわば父の仇をとってくれた人たちによって王とされました。8歳で王となったのですから、王としての教育はおそらくこの人たちによってなされたのでしょう。
父アモンや祖父マナセのように、先代の死によって自動的に王となった人ではなく、決して平和的な方法ではありませんでしたが民衆によって王に即位することになったヨシヤ。そこに改革の力が秘められていたようにも思えます。民意はいつも善をもたらす、とは言い切れませんが、多くの人たちの考えが混ざり合っているということは、やはり良いものを生み出す可能性を持っているのかもしれません。
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