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原田マハ、『美しき愚かものたちのタブロー』

「ジェルメンヌ、このタブローだろう? 君が見たかったのは」
 日置の問いかけに、ジェルメンヌはかすかにうなずいた。青白い顔にほのかな輝きが広がった。ひび割れた唇から、ため息のような声が聞こえてきた。
「・・・眠たいの・・・なんだか、とっても・・・眠ってもいい・・・?」
 まなじりから、涙がひとすじ、きらめきながらこぼれ落ちた。
 大きくひとつ、息をつくと、ジェルメンヌは静かに目を閉じた。
 幸せな少女に戻って、光に満ちたなつかしい部屋へと、ひとり、帰っていった。

原田マハ、『美しき愚かものたちのタブロー』、文藝春秋、2019年5月30日発行、403頁

 教育学部の美術研究室に学んでいた大学2回生の夏休み、東京の美術館、画廊めぐりという課外授業がありました。二年に一度開講されるもので2単位が取得できます。必須だったと思います。講義の日程と内容が知らされました。現地集合だったので学生には交通費がちょっと問題。私は先輩や友人たちと夜行電車で行きました。

 そうして到着した東京。田舎の学生にはまぶしいビル街。銀座の画廊、いくつかの美術館を巡りました。そのなかに国立西洋美術館がありました。1981年だったと思います。高度経済成長、そしてバブルに向かって日本は豊かな時代を迎えていました。建物を見ながらどうして西洋人の設計なんだろうと、ちょっと不思議に思ったものでした。この本を読んで、あらためて美術の力を学びました。国立西洋美術館に行ってみようと思いました。

かつての君のように、ほんものの絵を見たくても見られない若者が、日本にはごまんといる。白黒ではないほんものの絵を、彼らのために届けたいんだ―と松方は語った。

同、170頁

 すばらしい方々の命がけの努力によるものであることを感じながらこの美術館で絵に出会ってみようと思いました。

松方が息を引き取ったのは、三年まえの1950年6月24日のことである。・・・臨終の直前に、敬虔なキリスト教徒だった為子に洗礼を受け、最期はおだやかに神に召されたとのことだった。

同、42頁

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