幸福について
2017年11月15日(水)不信仰の真剣にあらわされる場面には、ふしぎにも、信仰が輝くことが示されると思う。キリストの形の成るところにこそ、この二重の真理がみえてくる。信仰をほこってはいけない、とともに、信じえない現実を、ただ悲しんでいてもいけない。
〔小塩力〕
『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
349頁
「するとすぐに、その子の父は叫んで言った。『信じます。不信仰な私をお助けください。』」(マルコ9・24)
胸を張って私こそ信じていますと自己主張するところに不信仰が忍び込んでいることを弟子たちは十字架を前にしたイエスさまとの対話の中で明らかにしています。それに対して自分ではどうすることもできない重大な病の中にある息子をイエスさまのところに連れてきたひとりの父親は、不信仰の中に信仰の輝きを現しています。
私たちはこの父の叫びの信仰に生きなければならないのだと思います。