,

ジョット―「フランチェスコの死」を見て

ジョット―「フランチェスコの死」を見て
2017年6月4日(日)

ハイデッガーは人は唯一人、自分で自分の死を死ぬより外に道がない、この絶対の孤独を男らしく引きうけなければならない、という意味のことを言った。近代の我々は皆そう思っている。死は凡ての本当の終わりであり、全くの帰無であると。しかしここに、ジョット―の画面に表われている死は、魂と魂とを結ぶ死だ。死を通して人々は本当に一つになる。それはかれらが内面的規律に服し、自他共に通ずる普通の道を守ったからだ。キリスト教がもたらした一つの新しい人生が、このジョットーの画で一つの形を色彩とに結晶して我々に迫る。

〔森有正〕

『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
172頁

数年前、病床でキリストを受け入れた父がその翌日に家族に見守られて召天しました。子どもや孫に見守られながら静かに天に帰って行きました。死は確かに一人で死んで行くものですが、キリストにある死は、まさに魂と魂とを結ぶ死なのですね。


投稿日

カテゴリー:

,

投稿者:

タグ: