中心にある最も弱いもの
2016年10月30日(日)体の最も大事な部分は、リードし制御する頭や手ではありません。最も重要な部分というのは他よりも格好が悪いと思われる部分にあります。それが教会の神秘です。教会の中心を形作るのは、私たちの内で最も弱い人々―老人、幼子、障害を持った人、心の病を患う人、飢えている人、病気の人―です。
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貧しい人々が教会の最も大切な部分である時、神の民である教会は私たちの間におられる生けるキリストを真に姿、形ある方として示すことが出来ます。貧しい人々を思いやることは、キリスト教的慈善事業をはるかに超えるものです。それは、キリストの体となることの本質です。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
360頁。
いろいろな意味で「戦い」のあるところが教会ですが、戦いはとかく「排斥」を生み出しやすいものではないでしょうか。日本の教会が社会運動に埋没した時、教会には弱い人々の居場所がなくなりました。
何かを目的とした集団は、その目的を果たすために先鋭化していくことがよしとされますから、無駄なもの、役に立たないものは、整理され除外され排斥されるのです。
教会も何かを目的としてしまうとそんな集団の一つとなり果ててしまいます。
教会の目的は、キリストの体、です。それ以外にはありません。
何の活動も運動も起こせないただの仲良しグループとそしられでも、一つのキリストの体となることが、それ自体が教会の目的であり、この世にあって最も重要なことなのです。