多くの部分からなる一つの体
2016年10月29日(土)教会は一つの体です。
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しかし、この一つの体には、多くの部分があります。
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誰でもすべてのものになることは出来ません。
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私たちは共にキリストの体であって、一人ひとりに、全体の中で果たす役割があります(1コリント12:27参照)。私たちはこの体の部分、すなわち限界がありながらそれぞれに大切な部分であることに感謝の念を持っていたいものです。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
358頁。
感謝の念を持つこと。あなたがいてくれてよかった、ありがとう、と思うこと。自分にできないことをしてくれることを喜ぶこと。
自分に全くできないことであれば、案外喜ぶことは不可能ではないのかもしれませんが、わたしにも少しできるということを、とても上手にしてくれる人を喜ぶことは、もしかしたら難しいかもしれません。ねたみ、は誰もがもっています。
一つの体であり、互いに部分であることを、学ぶことは、ねたみから解放されることかもしれません。