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洗礼と聖餐

洗礼と聖餐
2016年9月24日(土)

サクラメント(秘跡)は、神が被造物を通して私たちに触れ、私たちを生けるキリストに変えてくださる非常に特別な出来事です。サクラメントの中でも主な二つは、洗礼と聖餐です。洗礼においては、この変化をもたらす手段は水であり、聖餐においてはパンとぶどう酒です。日常の生活の中で最も日常的なものである水、パン、ぶどう酒が、私たちのところに神が来られるための聖なる手段となります。

これらのサクラメントは、現実に今起こっている出来事です。水、パン、ぶどう酒は、単に神の愛を思い起こさせるものだけではなく、神を私たちのところに連れてきれくれます。洗礼によって、私たちは罪の奴隷状態から解放され、キリストを着るものとなります。聖餐において、キリストご自身が私たちの食べ物、飲み物となられます。

ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
322頁。

「父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け」(マタイ28:19)。
「悔改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。」(使徒2:38)
「主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。『これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。』 夕食の後、杯をも同じようにして言われました。『この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。』」(第1コリント11:23f)

水、パン、ぶどう酒(汁)が、神さまを「覚える」(アナムネーシス)道をつくります。想起、記念と訳されるこの言葉は、もう少し深い意味をもっているようです。ただ過去の思い出に浸るのではなく、今ここに現臨される神さまにお出会いするのです。神さまとの出会いは、今現実に起こっている出来事なのです。


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