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「父ザカリヤは聖霊に満たされ、こう預言した。『ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し・・・幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整えよ』」。 ルカによる福音書1章67,68,76節

〔待降節―主の先駆者〕

2015年12月4日(金)

私たち人間についてこう言ってよければいいのですが。「そして幼児よ、あなたは至高なる方の預言者と呼ばれるでしょう」。これ以外にあなたについて語ることはありません! 「あなたは全く重要ではありません」。
重要なのは、この幼児そのものではなく、この幼児を通じて言葉にされるべきごとが、言われなければならないことです。その口を通して他の方が語られることになるのが預言者だからです。ヨハネ自身に残されているのは、彼を遣わした方の面前での感謝と祈りだけです。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、649f。

預言者であることの意味は、神さまのことを語るということです。それ以外のこと、殊に自分のことを語るのは預言者ではありません。
神さまのことを語る真実の預言者は、ただ神さまの前で感謝と祈りに生きる者です。

(祈り)
神さま、あなたへの感謝と祈りに生かせてください。。


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