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暴君のような男と隷属的な女

〔男と女〕

2015年9月8日(火)

秩序という光にあてると「不従順」なのは、どんな場合でも「暴君的な男」です。
・・・静かで、柔和で、愛想が良くて、気のよさそうな、女性たちにとってあまりに快適な暴君たちもいまして・・・
・・・
男は秩序を、自分の独り善がりの男らしい価値と名誉、男らしい願望と関心のために、権力の掌握と権力の行使の道具に変えてしまいます。彼には女に対し優位者であることは、義務ではなく、欲求と楽しみです。・・・繊細なあるいは粗野な、説得力のあるいは狡猾な姿で―できるだけうまく―「おとこ」を演じます。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、483f。

責任ある行動をするということは、暴君のように自分の欲求と楽しみの為に行動するのではありません。優位者であるということは、どのような場合にも責任をもって生きるということです。

(祈り)
神さま、神さまから与えられたまことの優位者として責任をもって生きる者にしてください。


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