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キリスト教会の目標は神が王として支配すること

〔教会共同体と市民共同体〕

2015年7月23日(木)

法は教会にとり自己目的ではありえませんが、それを「キリストの支配の徴」として立てることを教会はやはりないがしろにすることはできません。
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神が欲するのは、すべての人びとが助けられ、真理の認識に至ることであり、キリスト者はまさにそれゆえにすべての人びとのために、特に「王たち」のため、すなわち、国家の(すべての人びとを包括する)領域で特別な責任の担い手である人びとのために、祈らなければならないのです。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、409f。

為政者たちのために祈らなければなりません。
すべての人が、自己中心から解放され、神さまを愛し隣人を愛する者となるように、祈らなければなりません。そこにこそ、社会と個人が幸せに生きる道が生まれます。
そのために、法や社会秩序、政治が神さまのみ心のままに行われますように祈らなければなりません。
教会は為政者たちのために祈らなければなりません。

(祈り)
神さま、為政者たちが神さまを畏れてまつりごとをつかさどることができますように。


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