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休みは完成を意味する

〔はじめに神は・・・・・・〕

2014年7月1日(火)

「休息」は、聖書では単なる「休養」以上の意味を持っている。それは、完成の後の休みであり、完成そのものである。それは、神の平安であり、その平安の中に、世界は横たわっている。
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さて、この日は新約聖書における「主の復活の日」と同じである。
・・・
週の他の日は、本来ただこの日のためにのみ創造されたのである。あなたはこの休日を聖とすべきであって、寝て過ごしてはならない。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、324頁ff。

世界は神さまの平安の中に横たわっています。
今この時、この場所も神さまの平安の中にあるのです。
そのことを確かにするために、主の復活の日である日曜日を礼拝の日として、備えられました。
日曜日を寝て過ごすのではなく、聖なる日とし、主を礼拝はする人して過ごしたいと思います。そうして主の平安を確かにします。そうして平安な一週間をはじめます。

(祈り)
神さま、日曜日を主の日、聖なる日とさせてください。


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