静まりの時
- テーマ:解放の約束
- 聖書箇所:詩篇146・1~10
- 日付:2026年01月23日(金)
1 ハレルヤ。
わがたましいよ 主をほめたたえよ。
2 私は生きているかぎり 主をほめたたえる。
いのちのあるかぎり 私の神にほめ歌を歌う。
私が、私のたましいに向かって「主をほめたたえよ」と語りかけています。この語りかけに応答して「私は生きているかぎり 主をほめたたえる」「いのちのあるかぎり 私の神にほめ歌を歌う」と決意のようなことばが語られます。
「私」が神さまに向かってほめ歌を歌う、すなわち賛美をする、というのは、「応答」としてなされる行為である、と聖書は語るのだと思います。私の内には賛美をささげる力がないのですが、「主をほめたたえよ」という呼びかけがあってはじめて賛美をささげることができる。
それは、私の内には賛美する力はない、しかし呼びかけに対して応答するものが私の内には確かにある、と語っているのだとも思います。月は自ら光り輝くことはできませんが、太陽の光を受けて38万キロのかなたにある地球に光を届けることができる。月は反射することができるものを持っている。それと同じように私たちのうちには、反射するものを持っている。
神さまを賛美する、ということは、この月のように「反射」であるとすれば、輝くためには全身で神さまの光、神さまの愛を受けていなければなりません。
6 主は 天と地と海
またそれらの中のすべてのものを造られた方。
とこしえまでも真実を守り
7 虐げられている者のためにさばきを行い
飢えている者にパンを与える方。
主は捕らわれ人を解放される。
8 主は目の見えない者たちの目を開け
主はかがんでいる者たちを起こされる。
主は正しい者たちを愛し
9 主は寄留者を守り
みなしごとやもめを支えられる。
しかし悪しき者の道は 主が曲げられる。
10 主は とこしえに統べ治められる。
シオンよ あなたの神は 代々に統べ治められる。
ハレルヤ。
神さまは創造者であるとともに、審判者でもあります。アルファでありオメガである。最初であり最後である。この世は今のままで永遠に続くというのではなく、必ず終わりの時がやってくる。主イエスさまは再びこの世にやってこられる。再臨がある。私たちはそれがいつであるかを知らない。しかし必ずこの世に来られて、「とこしえに統べ治められる」ときがやってくる。主にある者はそう信じています。ですから今の時を忍耐と希望をもって生きることができます。