静まりの時
- テーマ:新しい名をもって
- 聖書箇所:エペソ5・6~14
- 日付:2026年01月10日(土)
8 あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい。
光の子ども。40年近く前にお世話になっていた教会の教会学校の分校の名前が、光の子ども会、だったような気がします。多くの教会の子ども伝道で用いられる名称ではないかと思います。
子ども、といいますが、このエペソ書では、年齢的に子どもだけを指しているのではないことは明らかです。主にある者はすべて、光の子ども、です。
大人になると子どもの心を忘れてしまいがちです。いつまでも子どもの心を忘れないでいたいと思います。
子どもは無邪気で無垢です。しかし時に残酷で空気を読みません。子どもとして歩むことが手放しで喜ばしいことであるとは言えません。
子どもにもいろいろあって、ここで語られているのは「光の子ども」です。私たちは以前は「闇」だったのです。闇の子どもとして歩むことは得意です。闇の子どもとして歩まないで、光の子どもとして歩むこと。光の子どもとして歩むために、すなわち闇の子どもとして歩まないために、どうすればよいのか。
- 淫らな者、汚れた者、貪る者でないようにする(5)
- 空しい言葉にだまされない(6)
- 善意、正義、真実を求める(9)
- 主に喜ばれることを吟味する(10)
- 暗闇のわざに加わらない、むしろ、それを明るみに出す(11)
すべて大切なことですが、主に喜ばれることを吟味すること、はこれらを結ぶ鍵のことばではないかと思います。
子どもなのですから、父なる神さまを見上げて、イエスさまの喜ばれることを求めていく。そうして光の子どもとして歩む。
寒い日が続いていますが、光が差し込むと寒さが和らぎます。心まで温かくなるような気分になります。光の子どもとして歩むことは、あたたかい道を歩むことです。