神にかたどり造られた新しい人を着る

静まりの時

  • テーマ:新しい名をもって
  • 聖書箇所:エペソ4・17~24
  • 日付:2026年01月08日(木)

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言えば、人を欺く情欲によって腐敗していく古い人を、あなたがたが脱ぎ捨てること、また、あなたがたが霊と心において新しくされ続け、真理に基づく義と聖をもって、神にかたどり造られた新しい人を着ることでした。(22~24)

キリスト者の生活は、「脱ぎ捨てること」と「着ること」。この二つのことが信仰生活である、と聖書は語ります。

脱ぎ捨てること。「人を欺く情欲によって腐敗していく古い人」と脱ぎ捨てる。「人を欺く情欲」。共同訳2018では「情欲に惑わされ堕落している人」。情欲は、人間を欺く。自分自身をだまし、まどわす。罪の中に生きていた私は、自分の情欲によってだまされた生き方をしていた。聖書はそう語ります。それは、滅びに至る道であった。それが古い人です。そういう古い人を脱ぎ捨てること。イエスさまを信じてもなお、この古い人は私に付きまとっている。それを日々脱ぎ捨てなければならない。それが信仰生活である、と。

着ること。「霊と心において新しくされ続けること」、そして「真理に基づく義と聖をもって」「神にかたどり造られた新しい人」を着ること。

真理とは21節に「真理はイエスにある」との言葉がありますので、イエスさまご自身と考えてよいと思います。あるいはイエスさまの降誕、生涯、十字架、復活にある、と。何かの原理や法則ではなく、人格をお持ちの神ご自身こそ、真理である、というのです。

その真理に基づく「義と聖」。この世には様々な義と聖があるかもしれません。しかしキリスト者は、イエスさまにある義と聖を求めていきます。

そうして「神にかたどり造られた新しい人」。神さまのかたちの新しい人を着る。人間が神になることはないのですが、しかしここでは神さまのようにしていただける。誤解を恐れずに言うとすれば、神になる、のです。繰り返しますが、人間が神になることはありません。もし神になろうとするならば、それはすでに悪魔です。しかしキリスト者の生活は、このいわゆる神になる歩みである、と言えるのです。ですから、キリストにある義と聖に基づく、ということがとても大切なことになってきます。キリストにある義と聖に基づいて、新しい人を着せて頂かないと、悪魔になってしまいます。

古い人を脱ぎ新しい人を着る。それは、イエスさまと一緒に、イエスさまの喜ばれる道を歩む、ということだと思います。


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