静まりの時
- テーマ:新しい名をもって
- 聖書箇所:イザヤ62・1~12
- 日付:2026年01月06日(火)
5 若い男が若い女の夫となるように、
あなたの息子たちはあなたの夫となる。
花婿が花嫁を喜ぶように、
あなたの神はあなたを喜ぶ。
新共同訳、共同訳2018では以下のとおり。
5 若者がおとめをめとるように
あなたを再建される方があなたをめとり
花婿が花嫁を喜びとするように
あなたの神はあなたを喜びとされる。(新共同訳)
5 若者がおとめの夫となるように
あなたの子らがあなたの夫となり
花婿が花嫁を喜びとするように
あなたの神はあなたを喜びとする。(共同訳2018)
「若い男」が「若い女」の夫となる、ということばはいろいろと想像が広がりますが、新共同訳、共同訳2018の訳を参照すると、単純に結婚の正常化(何をもって正常化というかはともかく)が謳われているように思います。結婚の喜びが、神さまとの関係において再来する、とイザヤは語るのだと思います。
神さまを信じる喜びは、結婚の喜びになぞらえることができる。これは、結婚が如何に喜びに満ちたものであるかを知っていなければ感じることの出来ない喜びではないかと思います。今日、結婚率が低下しているといわれるのですが、そこには少子化とともに、結婚に対するあこがれ、結婚の喜びが小さくなっているからかもしれません。そうとすれば、神さまを信じる喜びは、結婚生活のようだ、といわれてもピンとこないかもしれません。結婚の喜びが確かにされることが必要なように思えてきます。
それはそうとして、ここに記されているのは、神さまがそのように私たちを喜んでくださる、ということです。私たちが信仰に歩むのを、私たちももちろん喜ぶのですが、神さまが喜んでくださる。その喜びの中に、私は生かされている。この神さまの喜びを見失わないでいたいと思います。