静まりの時
- テーマ:主の神殿
- 聖書箇所:エレミヤ7・1~15
- 日付:2025年12月09日(火)
3 イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。
あなたがたの生き方と行いを改めよ。そうすれば、わたしはあなたがたをこの場所に住まわせる。
4 あなたがたは、「これは主の宮、主の宮、主の宮だ」という偽りのことばに信頼してはならない。
主の神殿に立って主のことばを語るようにと主から語りかけられたエレミヤはその通りに主のことばを語りました。
これは主の神殿だという偽りのことばを信頼してはならない、生き方と行いを改めなければ、この場所から追い払う(15)と主は言われた、とエレミヤは語りました。
これは主の神殿だ、というのが偽りのことばであるといいます。エレミヤが立っているのは主の神殿に間違いないのです。しかし、主の神殿があるから自分たちは大丈夫、多少何をしていても大丈夫だ、というのは、偽りのことばである、というのだと思います。神殿への信仰が、個人の信仰の在り方をあいまいにしていたのかもしれません。
教会は教会堂ではありません。信仰者が集まるところ、それが教会です。たとえ建物がなくても、教会は存在します。逆に建物があっても、信仰者がいないということであれば、教会は存在していないことになります。
かといって教会堂はどうでもよいものか、というとそうでもないと思います。教会堂はやはり大切なものです。しかしそれ以上に、生き方と行いを改める、という、集う者の生き方、信仰が何よりも大切なのだと思います。これは主の神殿だ、主の宮だ、ということばをもって自分の生き方をごまかすようなことを私たちはしてしまいがちなのかもしれません。主の前にまっすぐに生きることを大切にしたいと思います。