あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい

静まりの時

  • テーマ:逆境にあって
  • 聖書箇所:第一ペテロ5・6~11
  • 日付:2025年11月01日(土)

6 ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。
7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

5節に

5 同じように、若い人たちよ、長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。
「神は高ぶる者には敵対し、
へりくだった者には恵みを与えられる」
のです。

とあります。

若い人に向かって、長老たちに従いなさい、と言わなければならないような事態となっていたのかもしれません。長老とは、教会における一つの立場で、現在では年齢に関わりなく長老が存在していますが、この文字が示すように、もともとは年長の信仰者のことでした。

互いに謙遜を身につけよ、といいますから、若い人も、長老も互いに謙遜になるように、ということです。

若い人は若さのあまり、高齢者の意見に従うのが難しい。高齢者はその経験のゆえに、若い人に意見をしたがります。それぞれに意味のあることかもしれませんが、そこに緊張関係や軋轢が生まれてしまう。そうして教会の平和が乱される。いつの時代も同じです。

互いに謙遜になる。それはただ相手の前にへりくだる、ということではありません。「ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい」。信仰者は互いに謙遜になるときに、神さまの前に謙遜になることを知っているはずです。問題は神さまの前にどうか、ということです。

神さまの前にへりくだる。そうすると、神さまが、ちょうど良い時に高く上げてくださる。ちょうど良い時。グッドタイミングかもしれませんが、最終的な審判の時かもしれません。いずれにせよ私の時、ではなく、神さまが一番良い時とお考えの時に、高く上げてくださるのです。へりくだる者に、恵みを与えてくださる、というのはこういうことだと思います。

この恵みを知っている者は、「神があなたがたのことを心配してくださる」ことを知っていますから、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい」という生き方へ導かれています。

まことに謙遜な人は、神さまにすべてを委ねる人のことなのです。


長老という立場は、教会によってさまざまに捉えられているのかもしれませんが、多くの場合、責任役員としての議決権を持たない万年役員のような立場ではないかと思います。信仰歴が長く、教会の多くの信者から信頼を得ている、ということで選ばれるのだと思います。万年役員ということですから、任期、が設定されていません。もちろんふさわしくないということになれば、しかるべき手続きを得て解任することは可能ですが、小さな人間関係の中にある教会において、ふさわしくないから解任する、ということはかなりの緊張を生むことであり実質不可能だと思います。よって選出するとすれば慎重に選出しなければなりません。
選出のポイントは、謙遜、だと思います。もし本当に謙遜な人物であれば、自分がふさわしくないのではないかと感じ始めたならば自ら辞任を申し出るでしょうし、解任の意見が信徒から出た場合も従順に従い得るでしょう。そういう人物こそ長老にふさわしいのだと思います。


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