静まりの時
- テーマ:とりなしの祈り
- 聖書箇所:ローマ8・26~28
- 日付:2025年10月21日(火)
26 同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。
27 人間の心を探る方は、御霊の思いが何であるかを知っておられます。なぜなら、御霊は神のみこころにしたがって、聖徒たちのためにとりなしてくださるからです。
28 神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
御霊は、弱い私たちを助けてくださいます。どのように助けてくださるのか。助けていただかなければならない私たちの弱さとはなんであるのか。
私たちの弱さとは「何をどう祈ったらよいか分からない」弱さです。その弱さを、御霊は助けてくださる。
どう助けてくださるのか。「ことばにならないうめき」をもって「とりなして」くださる。
御霊ご自身が「ことばにならないうめき」をなさる。私たちがことばにできない祈りを、代わりにしてくださる、というのではありません。御霊ご自身が、ことばにならない、ことばにできない、そのうめきをもってとりなしてくださる。このとりなしは、私たちのいっさいの想像を超えています。
「人間の心を探る方」、すなわち父なる神さまご自身は、御霊の思いが何であるのかをご存じです。私たちの思いが何であるのかを知っていてくださるというのではありません。御霊の思い、が、なんであるのかを知っておられる。
なぜなら、御霊は父なる神さまのみこころに従って、聖徒たち、すなわちどう祈っていいか分からない私たちのためにとりなしてくださるからです。私たちの願望や欲望に従ってとりなしてくださるのではありません。父なる神さまのみこころに従って、とりなしてくださるのです。だからその御霊の思いが何であるのかを、父なる神さまはよく知っておられるのです。
まるで何も分からない私たちを前にして父なる神さまと聖霊なる神さまが一所懸命に相談していてくださる。私の歩みが祝福となるように全力を尽くしていてくださる。そんな感じです。
神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たち。神のご計画にしたがって召してくださったのは神さまご自身ですが、その人たちとは、神さまを愛する人たちである。神さまを愛するという私たちの行為の前提に、神の選び、神の召しがある。その神さまの召しに支えられて、私たちは神さまを愛している。
その神さまを愛する私たちのために、すべてのことがともに働いて益となる、ということを、私たちは知っている。神さまを愛している、という人生は、その人生に起こりくるさまざまな事柄が互いに益となる、役立つものとなる、ことを、その人生を生きる私たちは、知っている。
信仰に歩むということは、そういう歩みである、と聖書は語ります。
主を愛するという人生は、人生のすべてが、役に立つことである、と知っている人生です。