静まりの時 エペソ2・11~17〔地上に平和を〕
日付:2025年08月11日(月)
14 実に、キリストこそ私たちの平和です。
戦いのない世界を希求します。しかし21世紀を迎えてもなお戦いは止みません。ある人は武力による抑止力が平和を実現するといいます。しかし相手に対する疑心暗鬼が土台となっている平和は果たして平和といえるのか。危うい浮石の上に乗っているだけではないだろうか。心は依然戦々兢々とした中にあるのではないだろうか。戦いのない状態の中でも、心が戦いの中にあるならば、それは表面的な平和なのではないだろうか。
戦いの中でもなお奪われることのない平安があれば、たとえ戦いは止まずとも、平和な人生を生きたことにはならないだろうか。
平和は、まず神さまとの関係において築かれなければなりません。神さまとの間に戦いがあるならば、どんなに平安な状況を作り上げても、それは平和ではありません。
自らのうちに罪がありそれが解決されていないならば、まことにさばくことのできるお方である神さまのまえに平安をもって出ることが出来ません。
しかし、キリストこそ私たちの平和です。キリストは十字架と復活の御業によって、神さまとの和解の道を開いてくださいました。私たちはキリストにあって平和に、そして平安に生きることが出来ます。さまざまな戦いの中にあっても決して奪われることのない平和の中に私たちは生かされています。