静まりの時 第二テサロニケ2・13~17〔信仰の先達〕
日付:2024年10月28日( 月)
13 しかし、主に愛されている兄弟たち。私たちはあなたがたのことについて、いつも神に感謝しなければなりません。神が、御霊による聖別と、真理に対する信仰によって、あなたがたを初穂として救いに選ばれたからです。
14 そのために神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光にあずからせてくださいました。
教会に生きる信仰の仲間を主に感謝する。兄弟姉妹のために祈るとき、何かができるという以上に、その存在自体を感謝する。
「御霊による聖別」。神さまによって聖なる者とされたこと。「真理に対する信仰」。真理の前に自らを貧しくし、自分ではなく真理そのものに信頼する。つまり神さまに信頼すること。それによって「初穂として救いに選ばれた」。「初穂」は異本では「初めから」。選びは、始めに為されていた。私たちの何かではなく、それ以前に選びは定まっていた。そのことを、神さまに感謝する。
教会の兄弟姉妹は、それぞれの人生の事情の中で教会に集う者とされました。しかし人間の事情ではないもの、神さまの一方的な愛が、こうして教会に集う者とされた根拠である。だから神さまに感謝します。その存在自体を感謝します。
「私たちの福音によって」。ほかに福音があったわけではありません。パウロたち初代教会が語った正統的なキリストの福音は、「私たちの」と呼べるほどに、私たちのものとなっていたかけがえのないものである。
その福音によって召された目的は、私たちの主イエス・キリストの栄光にあずからせてくださるためであった。こうしてイエスさまの栄光にあずからせるために、私たちは召されたのだ。
栄光とは、神さまの存在感である、と以前にも学びましたが、確かに神さまは生きて働いておられ、その存在感を輝かせていてくださる。その栄光にあずからせてくださる。それが信仰生活の目的でもある。
15 ですから兄弟たち。堅く立って、語ったことばであれ手紙であれ、私たちから学んだ教えをしっかりと守りなさい。
「私たちから学んだ教え」。いろいろな教えが、嵐のように教会に吹き荒れている。しかし「私たちから学んだ教え」をしっかりと守りなさい。その教えは、語られたことば、あるいは手紙によって伝えられている。
聖書の教えをしっかりと守れ、ということですが、それはいわゆるお題目のように聖書に学ぶということとは少し違い、教会が語る信仰において学ぶ。語られたことば、手紙によって伝えられている教会の教えをしっかりと守る。
16 どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、永遠の慰めとすばらしい望みを恵みによって与えてくださった方ご自身が、
17 あなたがたの心を慰め、強めて、あらゆる良いわざとことばに進ませてくださいますように。
私たちの心を慰め、強め、そうしてあらゆる良いわざとことばに進ませてくださる。それは神さまの御業である。神さまご自身がそうしてくださる。