まことに、私も私の父の家も罪を犯しました

静まりの時 ネヘミヤ1・1~11〔とりなし〕
日付:2024年09月25日(水)

1 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がスサの城にいたときのことであった。
2 私の兄弟の一人ハナニが、ユダから来た数人の者と一緒にやって来た。私は、捕囚されずに残された逃れの者であるユダヤ人たちについて、またエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。
3 彼らは私に答えた。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」
4 このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。

 「スサの城」とは、以前の訳では「シュシャンの城」で、ペルシャ帝国の首都の一つ。ネヘミヤは、この城にいて、ペルシヤ王アルタシャスタ(アルタクセルクセス)1世(前465―424年)の献酌官でした。ユダヤ人でしたが、捕囚によってバビロニア(アッシリア)に連れてこられた人たちの子孫だったと思われます。世界はバビロンからペルシャの支配に変わり、祖国の都エルサレムへの帰還は自由にできる時代となりました。しかしすでに祖国を離れ世代は変わり、ペルシャで高官として豊かな生活が約束されている人たちには、祖国は遠い昔の思い出であり、現在の生活とはあまりにも離れたものでした。帰還することなど思いもよりません。
 そんなネヘミヤが、たまたま祖国からきた親戚筋のハナニに、祖国の状況、エルサレムの状況を尋ねました。社交辞令程度だったのかもしれません。ハナニはその問いに、祖国の窮状を語りました。するとネヘミヤは、座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食したというのです。ここに奇跡が起こりました。
 たとえば、数十年、もしかしたら百年に近い昔に、海外に移住した人の子孫、日系人の一人が、その国で大統領補佐官になっていたとしましょう。その人のところに、遠い親戚の一人が旅行でやってきました。社交辞令で、日本は今どんな状況ですか、と聞いた時、いや、災害で大変なのですよ、と答えました。普通ならば、そうですか、大変ですね、祈っています、程度ではないかと想像します。しかしネヘミヤは、号泣した、それも数日間、悲しみ断食したというのです。そして祈りました。

5 「ああ、天の神、主よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。
6 どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。
7 私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。
8 どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが信頼を裏切るなら、わたしはあなたがたを諸国の民の間に散らす。
9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れて来る。』
10 これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手をもって贖い出された、あなたのしもべ、あなたの民です。
11 ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けてください。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。

 「まことに、私も私の父の家も罪を犯しました」。驚くべき祈りです。罪を犯して捕囚にあったのは、ネヘミヤからすれば、何代も前の先祖です。今を生きるネヘミヤには関係がないということもできたことだと思います。しかし、ネヘミヤはそれを、自分の罪として告白し祈るのです。
 たとえば、79年前に敗戦を迎えた戦争を、それは先祖が犯したことだ、そうせざるを得ない状況に日本は置かれたのだ、ということもできるのかもしれません。しかしネヘミヤはここで、今を生きる私の責任でもある、そしてそれは、誰かに犯した罪であるとともに、何よりも神さま、あなたに対して犯した罪である、と告白し祈っているのです。驚くべきことです。ここにまことの神さまを信じる者の生き方が現われていると思います。

 罪を犯す、ということ。それが、自分の罪であるのか、それとも他者の罪であるのか。その峻別、その間の境界線は大切だと思います。しかしその上で、そこに何らかのつながりを発見して、ともに担っていこうとするところに、共に生きる道が開かれることも事実だと思います。神谷美智子の詩を読んでみたいと思います。

らいの人に

光うしないたるまなこうつろに
肢(あし)うしないたるからだになわれて
診察台(だい)の上にどさりとのせられた人よ
私はあなたの前にこうべをたれる

あなたはだまっている
かすかにほほえんでさえいる
ああ しかし その沈黙は ほほえみは
長い戦いの後にかちとられたものだ

運命とすれすれに生きているあなたよ
のがれようとて放さぬその鉄の手に
朝も昼も夜もつかまえられて
十年、二十年、と生きてきたあなたよ

なぜ私たちでなくあなたが?
あなたは代って下さったのだ
代って人としてあらゆるものを奪われ
地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ

ゆるして下さい らいの人よ
浅く、かろく、生の海の面(おも)に浮かびただよい
そこはかとなく、神だの霊魂だのと
きこえよいことばをあやつる私たちを

ことばもなくこうべたれれば
あなたはただだまっている
そしていたましくも歪められた面に
かすかなほほえみさえ浮かべている。

(神谷美恵子、『人間を見つめて』、132頁f)

 誰かのために生きるということが、真実に実現するためには、そこに何らかの深い共感、運命共同体のような感覚が必要なのだと思います。
 ネヘミヤは、この祈りの後、城壁再建のために具体的に行動を起こしていき、ついに城壁の完成、祖国の再興を実現します。


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