幸いなことよ。 主を恐れ その仰せを大いに喜ぶ人は

静まりの時 詩篇112・1~6〔長寿の祝福〕
日付:2024年09月21日(土)

1 ハレルヤ。
 幸いなことよ。
 主を恐れ その仰せを大いに喜ぶ人は。

 恐れと喜びが共存する。あるいは喜びに裏打ちされた恐れ。あるいは恐れをもった喜び。神さまを信じる者の心にあるのは、このようなものなのだと思います。それが人生の幸いを生み出します。

2 その子孫は地の上で勇士となり
 直ぐな人たちの世代は祝福される。
3 繁栄と富はその家にあり
 彼の義は永遠に堅く立つ。
4 直ぐな人たちのために 光は闇の中に輝き昇る。
 主は情け深く あわれみ深く 正しくあられる。

 直ぐな人たち。何に対して直ぐなのか。まっ直ぐなのか。神さまへの恐れと喜びを持つ人ですから、神さまとの関係においてまっ直ぐな人たち。勇士、繁栄、富、義、いずれも、神さまとの関係が大きく影響する。神さまとの関係がまっ直ぐであることが、これらを生み出す。神さまとの関係がまっ直ぐでないならば、いくら勇士であっても、繁栄があってもむなしい。その中身は空っぽである。

5 幸せなことよ。
 情け深く 人に貸し
 自分に関わることを公正に扱う人は。
6 その人はとこしえまでも揺るがされない。
 正しい人はとこしえに覚えられる。

 主が情け深いように、主にある者も情け深くあるように招かれている。情け深いかどうかは、人に貸すときに明らかになる。同じ貸すにしても、情け深く貸すのか、それとも情け深くなく貸すのか。貸すという行為自体は同じであっても、その貸し方によって、貸す者の人生が変わってくる。
 揺るがない人生、確かな人生を送るためには、情け深く、あわれみ深く、恵み深くある。貸すことだけでなく、何をするにしても、情け深くことを行う。

「大切なことは、たくさんのことをし遂げることでも、何もかもをすることでもありません。大切なことは、いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。貧しい人々に奉仕しているとき、私たちは神に仕えているのだと確信していることなのです。」(マザー・テレサ、『愛と祈りのことば』より)

 情け深くある、ことと、喜びをもってなすこととは、また違うことかもしれませんが、通じるところがあるようにも思います。丁寧に生きるということにも通じるかもしれません。


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