静まりの時 詩篇104・10~18〔自然の中で神をたたえる〕
日付:2024年07月15日(月)
10 主は泉の水を谷に送り
山々の間を流れさせ
11 野のすべての獣に飲まされます。
野ろばも渇きを癒やします。
12 その傍らには空の鳥が住み
枝の間でさえずります。
この詩篇を歌った詩人は、大自然を見渡しています。山を見上げ、そこに流れる川を見、その流れの音に耳を澄ませています。あたりには獣の気配がし、そのいのちの息吹が聞こえます。鳥のさえずりが聞こえています。そしてそのすべてが主の御業であることを信じています。
心筋梗塞に倒れてまもなく3年になります。3週間ほどの入院生活の中で、最初2日ほどいたCCUでは小さな窓しかなく、機械に囲まれ、自分では何ひとつできない状況の中に、ただ横たわるしかありませんでした。その後移動した一般病室は4人部屋だったのですが、窓側のベッドになりました。広い窓からは湖東の山々が見えました。テレビはありましたが見ませんので、日がな読書と山、空、雲、木々、鳥を眺める時間を過ごしました。
普段の生活の中では、自然を見る、ということがあるようでなかなかありません。ただ見る。その様子を言葉に置き換えてみる。スケッチをするように見る。解釈も説明もなく、ただ見るということ。
この詩篇は、美しい、とか、素晴らしいといった自らの解釈もしません。ただそのままを、神さまの御業として描写しています。
先日NHKの「とりせつ」なんとかという番組で、新瞑想をテーマにしていました。マインドフルネス、という言葉もあり、ほとんどは仏教系の方やお坊さんが出演されていたのですが、ただ一人、柳田神父さんが出ておられました。柳田敏洋という神父さんの本は何冊か読んだのですが、その中で「神を追い越さない」という言葉が心に残っています。
人間は神さまを追い越してしまう。どんどん速く走ってしまう。生きてしまう。神さまのペースを学び、神さまと歩調を合わせて生きていこう。そんなことを思いました。自然の中に身を置き、しばらくあるがままにそれぞれを描写してみる。雲が流れているなー、露が葉の上にたまっているなー、空気が流れているなー、遠くで鳥が鳴いているなー、と言った具合で、今生きている私を取り巻いている世界に目を上げ、耳を澄ませ、心を開いていくのです。
13 主は その高殿から山々に水を注がれます。
みわざの結ぶ実によって 地は満ち足りています。
14 主は 家畜のために草を
また 人が労して得る作物を生えさせます。
地から食物を生じさせてくださいます。
15 ぶどう酒は人の心を喜ばせ
パンは人の心を支えます。
油よりも顔をつややかにするために。
16 主の木々は満ち足りています。
主が植えられたレバノンの杉の木も。
17 そこに 鳥は巣をかけ
こうのとりは もみの木を宿とします。
18 高い山は野やぎのため
岩は岩だぬきの隠れ場。
目に映るもの、耳に聞こえてくるもの、心に響くもの、肌で感じるもの、そのすべての背後に神さまの御手があることを信じます。思いめぐらせます。
神さまのなされたことであるととらえる。それは、すべてがグッドタイミングで、良い技である、良い実を結び良い結果を生み出すと信じていく。
そのような中に、今、自分が置かれていることを思い、主に感謝をささげていく。
人はパンだけで生きるのではない、とイエスさまは言われましたが、それはパンで生きるのではない、パンなど不必要である、と言われたのではありません。
パンのみで生きるのではない。パンがパンのみになってしまうならば、それは人を生かすものにならない。パンを備えてくださったのが、神さまであるということを知ることによって、パンは人を豊かに生かすものになります。
「ぶどう酒は人の心を喜ばせ パンは人の心を支えます。」(15)
飲み物も、食物も、すべては神さまが備えてくださったものです。それらを瞬時に創造することのできる神さまが、あえて長い時間をかけて、さまざまな過程を経て、工程を経て私のところに届けてくださいました。神さまへの感謝は、多くの人びとへの感謝につながります。
食物は、ただ肉体を養うだけではありません。私たちの心を喜ばせ、心を支えるのです。食事は、そして食卓を囲むときは、喜びの時です。摂取した栄養素は、私の全身を駆け巡り、生きる力と愛を生み出します。
【詩篇104・10~18】
10 主は泉の水を谷に送り
山々の間を流れさせ
11 野のすべての獣に飲まされます。
野ろばも渇きを癒やします。
12 その傍らには空の鳥が住み
枝の間でさえずります。
13 主は その高殿から山々に水を注がれます。
みわざの結ぶ実によって 地は満ち足りています。
14 主は 家畜のために草を
また 人が労して得る作物を生えさせます。
地から食物を生じさせてくださいます。
15 ぶどう酒は人の心を喜ばせ
パンは人の心を支えます。
油よりも顔をつややかにするために。
16 主の木々は満ち足りています。
主が植えられたレバノンの杉の木も。
17 そこに 鳥は巣をかけ
こうのとりは もみの木を宿とします。
18 高い山は野やぎのため
岩は岩だぬきの隠れ場。
本部で捕獲したアゲハチョウの幼虫は、その後さなぎとなり、無事ちょうちょになりました。
