キリスト者の群れの希望は、いわば酸素吸入器のようなものであって、瀕死のこの世は、この吸入器によって、呼吸し活きているのである。したがって、「すべての人の救主」に対する信仰は、まったくの絶望的状況の終結である。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、372頁
テモテへの手紙第14章10節
2012年11月21日(水)
主イエスさまを信じる者は絶望の中にも希望を持って立つものです。その希望は、世界の希望となります。
何かしらの絶望の中にあるでしょうか。それが人間的に見てなんの希望もない状況でしょうか。それでも主イエスさまはそこに生きる道を開いてくださいます。その生きる道を開く鍵をキリスト者にゆだねておられます。