日: 2026年10月15日

  • あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ

    静まりの時

    • テーマ:世界を一つに
    • 聖書箇所:創世記17・1~8
    • 日付:2026年10月15日(木)

    1 さて、アブラムが九十九歳のとき、主はアブラムに現れ、こう言われた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
    2 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたを大いに増やす。」
    3 アブラムはひれ伏した。神は彼にこう告げられた。
    4 「これが、あなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。
    5 あなたの名は、もはや、アブラムとは呼ばれない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしがあなたを多くの国民の父とするからである。
    6 わたしは、あなたをますます子孫に富ませ、あなたをいくつもの国民とする。王たちが、あなたから出てくるだろう。
    7 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、またあなたの後の子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしは、あなたの神、あなたの後の子孫の神となる。
    8 わたしは、あなたの寄留の地、カナンの全土を、あなたとあなたの後の子孫に永遠の所有として与える。わたしは彼らの神となる。」

    神さまは、アブラム(アブラハム)に対して契約を立ててくださいました。

    • あなたを大いに増やす
    • あなたを多くの国民の父とする
    • カナンの全土を、あなたとあなたの後の子孫に永遠の所有として与える。

    おそらくこの三つ目の契約が、こんにちパレスティナでの問題を起こしているのではないかと思います。しかし近代国家となった現代では、これを根拠にすることが如何にナンセンスであるのかは、論じるまでもありません。にもかかわらずこれを根拠に、侵略的戦いを正当化しようとするのは、やはり政治的、あるいは覇権的、帝国主義的な為政者の考え方があると思います。それに踊らされないように私たちはしなければなりません。

    契約ですから、神さまが約束されたこととともに、私たちの為すべきことがあります。それは

    • あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ

    神さまの前を歩む。神さまの前に全き者である。神さまの前に歩むとはいったいどういうことであるのか。全き者であるとはどういうことをいうのか。

    それは神さまに寄り縋りながら、神さまにお委ねしながら、神さまを畏れ、神さまの前に謙遜に生きることだと思います。

    神さまの前に全き者として生きようとするならば、そこに神さまの大きな祝福があるのです。