静まりの時
- テーマ:目を覚ましている
- 聖書箇所:マタイ26・36~46
- 日付:2026年09月30日(水)
36 それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという場所に来て、彼らに「わたしがあそこに行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
37 そして、ペテロとゼベダイの子二人を一緒に連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」
イエスさまは十字架にかかる前、弟子たちを連れてゲツセマネという場所に行かれました。そこでイエスさまが弟子たちに願われた願いは二つです。ひとつは「わたしがあそこに行って祈っている間、ここに座っていなさい」、もう一つは「ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」。
座っていること、そして主とともにいて目を覚ましていること。
いずれも弟子たちに言われた言葉ですが、目を覚ましていることは、特別にペテロ、ヤコブ、ヨハネに語られています。
弟子がすべきことがここに明らかにされているように思います。
座る、主とともにいる、目を覚ましている。これが弟子のすべきことであり、すべてであるといってもよいかもしれません。主は弟子たちが忙しく立ち働くこともお望みになられたのかもしれませんが、それ以上に、一緒にいることを望まれたのです。