日: 2026年9月26日

  • 上からの知恵は、まず第一に清いものです

    静まりの時

    • テーマ:主を知ること
    • 聖書箇所:ヤコブ3・13~18
    • 日付:2026年09月26日(土)

    17 しかし、上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。
    18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。

    知恵が、上からのものであるならば、それは清いものである。どんなにすぐれた知恵であっても、清さがないならば、それは上からのものとはいえない。聖書はそう語ります。

    清さが第一。それに続いて、平和、優しさ、協調性、あわれみ、良い実、偏見がない、偽善がない、と語られます。

    清さが第一だけれども、それに続いて平和も大切だ、といっているのではなく、いくら平和であっても、清さがなければそれは真実の平和とは言えない。上からの知恵とは言えない。と語っているように思います。他も同様です。

    清さ、は、道徳的な清さはもちろんですが、それ以上に、神さまのもの、という意味を持っています。人間的な平和、人間的な優しさ、人間的な協調性・・・それらは、まことの知恵とは言えない、上からの知恵とは言えない。

    神さまのもの、というと、なかなか難しいのですが、人間のものではない、と考えてよいように思います。人間の都合のよい平和や優しさは、神さまのものとは言えない。

    神さまのものであるかどうか。清さがそこにあるかどうか。それが問われなければならないのです。