日: 2026年9月19日

  • 私はまだ知らなかったことばを聞いた。

    静まりの時

    • テーマ:主の大能
    • 聖書箇所:詩篇81・1~16
    • 日付:2026年09月19日(土)

    「私はまだ知らなかったことばを聞いた。」(5)

    他の訳では以下の通り。

    「わたしは思いがけない言葉を聞くことになった。 」【新共同訳】
    「私は、いまだ耳にしたことのない言葉を聞いた。 」【共同訳2018】

    主は、私たちに向かって、私たちが「まだ知らなかったことば」を語られます。主の言葉は「思いがけない言葉」であり「いまだ耳にしたことのない言葉」です。

    いわゆる知識としていまだ耳にしたことがなかったことば、というのではなく、すでに何度も耳にしたことばなのですが、いつも私にとっては、新しいことば。それが主のことばです。

    「喜び歌え」とさんびで始まった詩篇は、その中で、主から語られることばが、いまだ知らなかったことばとして響いてきます。礼拝の中で語られる主の言葉は、いつも罪びとにとっては、新しい言葉です。

    礼拝では、つねに十字架と復活の福音が語られなければなりません。それはいくども聞いた言葉です。しかし毎回それは新しい言葉として語られます。

    主の言葉は、人間の世界の中から編み出されたことばではなく、その外から語られる言葉です。

    私たちは、いつも主の言葉を、新しい言葉として聞く心構え、あるいは覚悟が必要です。今の時を生きる私に語られた言葉として、主の言葉を聞くのです。

    私たちは愛する人から、あなたを愛しています、と語られたとき、そのことばはもう何度も聞きました、もっと違った言葉を語ってください、というでしょうか。むしろ、そのことばは変化してはいけない言葉ではないかと思います。同じ言葉を、私たちは、新鮮な言葉として聞くことを喜びとします。また同じ言葉が、新しく語られることによって、私たちは生かされます。