静まりの時
- テーマ:解放の約束
- 聖書箇所:申命記5・1~21
- 日付:2026年01月19日(月)
15 あなたは自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主が力強い御手と伸ばされた御腕をもって、あなたをそこから導き出したことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主は安息日を守るよう、あなたに命じたのである。
出エジプト記20章1~17節に書かれている「十戒」が、この申命記5章においてあらためてモーセの説教として語られています。
ほぼ同じ文章ですが、この15節は出エジプト記には書かれていないことばです。
安息日を守る理由を、申命記は「エジプトの地で奴隷であったこと」「主が力強い御手と伸ばされた御腕をもって、あなたをそこから導き出したこと」を覚えているためである、と語ります。
主が自分たちを奴隷から解放してくださったことを忘れないために、安息日を守る。「休む」のは、神さまの救いを忘れないためである。休む、何もしないのは、神さまが力強く働いていくださるお方であることを覚えているためである。
休むことを忘れる、あるいは後回しにする、ということは、神さまが力強く働いてくださることを忘れてしまうことになる。神さまが私を救ってくださることを忘れてしまう。神さまが私を救ってくださるお方であることに信頼できなくなってしまう。すべてのことが、自分の働き、自分のわざになってしまう。すべてのことを自分が何とかしなければならないこととしてしまう。これは生き方を全く変えてしまうことです。
主にある者は、すべてのことが神さまの御手の中にあることを信じています。そのために、休む、ということを大切にします。
休むということを大切にするだけでなく、一週間のはじめを、安息日、すなわち休みからはじめる、ということは、一週間のすべてが、神さまの御手の中にあることを確かに信じるということです。一週間を神さまの御手の中に委ねることから私たちは新しい週をはじめます。