静まりの時
- テーマ:諸国民の光
- 聖書箇所:詩篇8・1~9
- 日付:2026年01月13日(火)
2 幼子たち 乳飲み子たちの口を通して
あなたは御力を打ち立てられました。
あなたに敵対する者に応えるため
復讐する敵を鎮めるために。
神さまの力は、幼子、乳飲み子たちの口を通して、打ち立てられた。復讐する敵を鎮めるために、敵対する者に応えるために、幼子、乳飲み子たちの口を通して、神さまはご自身の力を打ち立てられた。
復讐する敵を鎮めるために、敵の力を凌ぐ大きな力で応えてしまうならば、この戦いは終わることがありません。しかし幼子たち、乳飲み子たちの口を通して打ち立てられる力であれば、戦いは終わりに向かう。復讐心はさらなる戦いを生むが、幼子の口を通して打ち立てられる力であれば、平和を築くことができる。
平和を築くために武力を捨て、むしろ弱く小さいとみられる力で戦う。3千年の昔、聖書は平和の道はそのようにして築かれる、と語りました。
「幼子たち 乳飲み子たちの口」とはいったい何か。
イエスさまがエルサレムに入城されたとき、人びとは、ホサナ、と歌い歓迎しました。イエスさまはそれから神殿に入って、いわゆる宮聖めを行われました。それを見て腹を立てた祭司長たちや律法学者たちに対してイエスさまは、この詩篇から引用され答えられました。
15 ところが祭司長たちや律法学者たちは、イエスがなさったいろいろな驚くべきことを見て、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と叫んでいるのを見て腹を立て、
16 イエスに言った。「子どもたちが何と言っているか、聞いていますか。」イエスは言われた。「聞いています。
『幼子たち、乳飲み子たちの口を通して、
あなたは誉れを打ち立てられました』
とあるのを、あなたがたは読んだことがないのですか。」
(マタイ21・15,16)
弱さの力、そしてその弱さが語る言葉。弱さの中から聞こえてくる言葉。それが復讐する敵を鎮める力である。そんな気がします。
18 十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。(第一コリント1・18)