静まりの時
- テーマ:主は近い
- 聖書箇所:ルカ1・67~79
- 日付:2025年12月19日(金)
78 これは私たちの神の深いあわれみによる。
そのあわれみにより、
曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、
79 暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、
私たちの足を平和の道に導く。
神さまは私たちをあわれんでくださり、御子イエスさまをこの世に遣わすに先立って、神さまはバプテスマのヨハネを遣わしてくださいました。
イエスさまはまことの神さまですが、先立って遣わされたバプテスマのヨハネは人間です。ヨハネの役割は、ひたすら主イエスさまを指し示すことでした。
27 ヨハネは答えた。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることができません。
28 『私はキリストではありません。むしろ、その方の前に私は遣わされたのです』と私が言ったことは、あなたがた自身が証ししてくれます。
29 花嫁を迎えるのは花婿です。そばに立って花婿が語ることに耳を傾けている友人は、花婿の声を聞いて大いに喜びます。ですから、私もその喜びに満ちあふれています。
30 あの方は盛んになり、私は衰えなければなりません。」(ヨハネ3・27~39)
私は衰えなければならない。それが、キリストを指し示すことであり、キリストの光を輝かせることでした。「曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く」。
イエスさまとの出会いによって、私たちはまことの光に照らされ、平和の道に導かれます。まことの光に照らされること、と、平和の道に導かれること、とは一つのことです。まことの光に照らされずに平和の道に歩むことはできません。まことの光に照らされるならば、必ずそこに平和の道が築かれます。