正しい人はその信仰によって生きる

静まりの時

  • テーマ:主は近い
  • 聖書箇所:ハバクク1・12~2・4
  • 日付:2025年12月17日(水)

4 見よ。彼の心はうぬぼれていて直ぐでない。
しかし、正しい人はその信仰によって生きる。

新共同訳では

4 見よ、高慢な者を。
彼の心は正しくありえない。
しかし、神に従う人は信仰によって生きる。(新共同訳)

共同訳2018では

4 見よ、高慢な者を。
その心は正しくない。
しかし、正しき人はその信仰によって生きる。(共同訳2018)

新改訳2017で「うぬぼれ」と訳されていることばは、新共同訳、共同訳2018では「高慢」と訳されています。また、「正しい人」は、新共同訳では「神に従う人」と訳されています。

「正しい」ということばは、正義、公平、公正などいろいろと想像が走りますが、この場合、神さまとの関係において正しいこと、すなわち正しい関係のことが語られているようです。

神さまとの関係が正しい人、というのは、うぬぼれず、高慢にならず、神さまとの豊かな関係のなかに生きている人、ということになります。
うぬぼれ、を漢字で書くと、自惚れですから、自分自身に対して惚れていること、という意味です。

自分に対して惚れることは、自分を正しく愛することではない、ということだと思います。惚れる、というのは、恍れる、耄れる、とも書くとのことで、ぼんやりする、放心する、ぼける、などという意味にも通じるようです。つまり自分が見えなくなっている、正しく自分を評価することができなくなっている、ということです。それは、愛する、ということとは全く異質なことです。

神さまと正しい関係を築くことは、自分自身を正しく見つめることができるようになることです。キリスト教信仰に生きる者は、自分に対して真摯に生きる者なのです。自分自身を見えなくしてしまう信仰はキリスト教信仰ではなく、そういった宗教は人間を滅ぼしてしまう間違った宗教であるといえるでしょう。

神さまとの正しい関係に生きること。私たちは罪びとですので、この正しい関係を自ら築くことができません。ただ御子イエスさまによってのみ、築くことができます。御子の降誕、十字架と復活、そして聖霊のご臨在によって、築くことができるのです。


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